紙の液体浸透特性について(第1報)
−有機液体及びエタノール水溶液の浸透−
東京大学農学部 江前敏晴、尾鍋史彦、臼田誠人
1.緒言
紙のサイズ度、液体吸収性を評価する方法として昔からステキヒトサイズ度、コブサイズ度等の測定が行なわれてきたが、最近では、印刷用紙への液体の吸収性を考慮し、もっと短時間に紙表面で起こる液体吸収を追跡しようという傾向がみられる。短時間での紙の濡れ、吸収を測定する方法としては、古くはIGTの Penetration Volumeter1)、最近ではJ.TAPPI紙パルプ試験法に採用されたブリストー試験2,3,4)、およびEklund5,6)の改良型装置、超音波の減衰率変化を利用する方法7,8)などが知られている。紙への液体の吸収のうち、水、及び印刷用として使用されるアマニ油、鉱物油等の吸収に関しては数多くの報告3)がある。しかし、その他の有機液体の吸収に関してはコーティング、印刷などの実操業上の関連が少ないために、報告は数少ない。しかし液体と紙の相互作用を知り吸収機構を考察する上で種々の液体の吸収挙動を明らかにすることは重要である。本報では、水、油、その他の純粋な有機液体及びエタノール水溶液を用いたブリスト−試験の結果を報告する。
2.実験
実験方法は、J.TAPPI紙パルプ試験法 No.51−872)に従ってブリストー試験を行なった。使用した液体を表1に示す。実験試料として、水はイオン交換水に約1%のトルイジンブルーを着色染料として混合し、調製した。水以外は、市販試薬(和光純薬製1級以上の等級のもの)を用いた。エタノール水溶液は、濃度を体積百分率で表し、それぞれの粘度、表面張力を表2に示す。供試した紙はいずれも市販の未塗工紙、及び塗工紙で、その種類を表3に示す。実験に際しては、気温20℃、相対湿度65%で24時間以上調湿した。測定時も同じ環境下で行った。
3.結果及び考察
3−1 有機液体の紙への浸透
液体の紙への吸収は、紙を毛細管の集合体とするモデルを基に毛細管力の作用によって進行するというLucas-Washburnの式[1]が一般には適用されている。9,10)
R・γcosθ
h2= |
|
・t …[1] |
2η
√R・cosθ
V∝ h= |
|
√γt/η |
√2
= Ka'√γt/η
…[1]′
h:浸透深さ R:毛管半径
γ:表面張力 θ:接触角
η:液体の粘度 t:時間
各有機液体の、市販PPC用上質紙(以下PPC用紙と略す)に対する吸収を図1に示す。横軸に液体の接触時間の平方根を、縦軸に液体転移量をとった図で、フェルト面からの吸収を示す。各有機液体とも接触時間の平方根に比例して吸収が進行して行き、吸収プロセスは、Lucas-Washburnの式[1]に従っていることが分かる。液体により吸収速度が異なるのは液体の粘度および表面張力が異なるためであると予想され、式[1]の変形により得られた[1]′のように横軸に√γt/ηをとると、√cosθに比例した傾きの直線になるはずであり、これを図2に示す。どの液体もほぼ同一の直線上にプロットされる。また、ワイヤー面に関しても同様の結果が得られている。一般に、オイルに関しては紙との接触角は0度であると言われており、この実験に使用した全ての液体で、接触角が0度であるということになる。またセルロースの臨界表面張力γc
は、45.5dyne/cm であり、一般にこの値よりも小さい表面張力をもつ液体はセルロースを濡らす性質を持ち、またサイズ剤の存在も有機液体には影響しない。従って今回使われたどの有機液体も接触角が0度になるのは当然のこととも考えられる。しかし、どの有機液体も完全に同じ収着現象を示すかどうかは明かではない。
有機液体のセルロースとの相互作用に関してはいくつかの文献があり、Minhas11)は無極性のベンゼン、極性のメタノール、DMFを用いてセルロースをこれらの液体に浸漬して膨潤させ、エチルタリウム(Thallous
ethylate)との反応により生成したメトキシル基量の定量からそれぞれの液体が膨潤させた水酸基の比率は、全水酸基量に対し、ベンゼン0.85%、メタノール 12.39%、DMF
13.82% であるとした。
またColomboとImmergut12)は、同じ液体を用いて、コットンセルロースに対する吸着等温線及び吸着熱を求めた。そしてベンゼンの吸着は単分子層でのみ相互作用(水素結合を含む)が働き、それ以降は液化エネルギーに等しくなってしまうが、メタノール、DMFでは数層の吸着にわたって相互作用が働き、また繊維の歪の解放による発熱も伴うと述べている。このように有機液体の浸透が、毛細管吸収だけでなく、表面の濡れに対して蒸気の吸着が影響している場合にはγ/ηの項だけでは液体の収着速度は決まらなくなる。
Robertson13)は有機液体はどの液体も同じように浸透して行くわけではないことを示した。彼は吸取紙及びビスコースフィラメントを種々の有機液体に十分浸漬した後、乾燥させて引張り試験、初期の弾性率測定及び膨潤量の目安となる厚さの変化の測定を行った。一般に引張り強度や初期弾性率は紙が膨潤すると低下する。しかし非膨潤性とみなされる液体では引張り強度は下がるが弾性率の低下が少ない。これは液体に浸漬された際にシート内の結合数は維持されているが結合強度は低下していき、結合が切断されるほど強い応力が加わったときに差が出るためであろうと考察している。また膨潤は乾燥時の収縮により蓄えられた内部応力が解放されたときに起こり、それは液体の浸透が結合領域に到達したかどうかで決まる。液体の性質とセルロースの相互作用との関連は、液体の分子サイズとコンフォメーション、官能基の存在、凝集エネルギー密度(c.e.d.)などによって決まるとしているが完全な規則性はないと述べている。図2の液体間のわずかな傾きの差もそれぞれの液体の持つ官能基がセルロース表面に対しどの様に作用するかという膨潤性の相違が影響している可能性がある。
図3は市販コート紙(両面コート)に対し同様のブリストー試験を行なった結果で、やはり接触時間の平方根に比例した吸収が起こり、各液体の吸収速度が異なるのが分かる。コート紙の場合はオイルが表面のコート層にある空隙を満たした後、原紙層内に浸透して行くはずであるが、コート層の全空隙量を合わせても原紙内の空隙量に比較すると非常に少量であることと、コート層を浸透するのに要する時間はごく短時間であると考えられ、初期にコート層を浸透していると考えられる部分は見られない。図4は、図3の横軸を √γt/η に変換したものであり、どの液体についても同一直線上に来ることが伺える。式[1]′ において、どの液体もcosθ=1になっている。これらの結果は、Lucas-Washburnの式に基づく毛管吸収現象が起こっていることを証明している。
3−2 エタノール水溶液の紙への浸透
水は有機液体と比較して極性が強く、紙(セルロース、サイズ剤、あるいは塗工層など)に対して接触角を持つため、特異な吸収曲線を描く。
エタノールの紙への浸透は、他の有機液体同様Lucas-Washburnの式に従って毛管吸収されていくが、水と相溶性があるので両者を混合することにより、その液体がどういった吸収挙動を示すかは興味が持たれる。
実験に使用したエタノール水溶液の混合比率と、比重、粘度、表面張力を表2に示す。このように混合比率を順次変えていくことにより粘度、表面張力を連続的に変化させることができる。これらのエタノール水溶液をPPC用紙に吸収させたブリストー試験結果を図7、8に示す。図5はワイヤー面、図6はフェルト面からの吸収である。図5では水を吸収させた場合約150msの濡れ時間が存在すると考えられるがエタノール5%水溶液、10%水溶液では、初期の濡れ時間に要する時間と考えられる部分でやや液体転移量の増加が見られる。これは水の吸収に対してブリストーの提出した式[2]
が示すように一定値Krをとるという式には当てはまらない。さらに15%、20%水溶液になると吸収曲線の初期部分は濡れに要する時間ではなく、明らかに紙中への液体の収着が見られ、そのあとの吸収もLucas-Washburnの式[1]
に従った吸収とは考えられない。30%水溶液では全体の吸収が速くなり、吸収段階の区分は不明瞭になってくる。エタノールの場合は他の有機液体と同様のLucas-Washburnの式[1]
に従った吸収が見られる。このように液体の吸収は、水の場合は一定の濡れ時間を要した後に接触時間の平方根に比例した吸収量を示し、オイルは濡れ時間がなく接触時間の平方根に比例して吸収されていくというBristowの提唱した式[3]だけでは、説明できない機構があると考えられる。図6のフェルト面からの吸収はワイヤー面からの吸収とほぼ同様であるが、ワイヤー面に比べ、填料の脱落が少ないため、平均ポア半径が小さくなり、どのエタノール濃度においても吸収直線の傾きが小さくなっている。
Vt = Kr
for t<tw …[2]
Vt = Kr
+ Ka√t−tw for t>tw …[3]
図7、8は、図5、6の横軸を√γt/η に変換したものである。Lucas-Washburnの式[1] に従う吸収に対してはこの図のように横軸に√γt/η をとると、吸収直線は[1]′
式によりcosθに比例した傾きを持つ(ただしRが一定となる同種の紙に対して)。これによると5%エタノールを加えただけで傾きは大きく変わり、接触角θは小さくなっていることが分かる。20%以上の場合は必ずしも直線を示さないので比較はできないが、ほぼ直線として近似するならエタノール濃度が高いほど傾きは急になり、接触角θが小さくなる傾向を示している。
図9は市販プリンター用紙に対して同様にエタノール水溶液を吸収させた結果である。side-1(およびside-2)としたのは、プリンター用紙の場合、表面の平滑性や本実験のような吸液性ではフェルト面、ワイヤー面の区別がないためである。20%以下のエタノール水溶液では、吸収量が漸増する初期の濡れ時間の後に直線的に増加する部分が見られる。30%になると、急激に吸収量が増加し、しかも、前図までの傾向と同様にLucas-Washburnの式[1]では説明のつかないと考えられる吸収曲線を示す。この傾向は、PPC用紙と比較するなら図6に示されたフェルト面からの吸収と類似している。固体の臨界表面張力より小さい表面張力の液体は、その固体の表面を濡らして広がるため、エタノール濃度30%では、表面張力が32.6dyne/cm
(表2)とセルロースの臨界表面張力45.5dyne/cm より小さくなり、接触角は0度になる。もし、Lucas-Washburnの式[1] に従った吸収であるならエタノール100%の吸収直線と重なるはずであるが、初期の吸収は、それよりも緩慢である。
図10、11は、弱サイズ紙(機械抄き、サイズプレスによるデンプン添加あり)に対して、水を浸透させた結果であり、横軸は図10が接触時間t(msec)を、図11が接触時間の平方根をとってある。この図から明らかなように弱サイズ紙に対しては、接触時間の平方根に比例した吸収を示さず、初期の急激な吸収の後むしろ接触時間に比例して吸収が進行していることが分かる。図12は同じ弱サイズ紙のフェルト面にエタノール水溶液を吸収させたものである。接触時間に比例した吸収は水だけの場合よりもさらに顕著になる。したがってこの位の低い濃度では水だけの場合と同様の収着過程を経ているものと想像できる。これより高濃度のエタノール水溶液ではブリストー装置のホイールの回転スピードを極端に上げなければならず、精度の問題上測定を行わなかった。またワイヤー面に関してもほぼ同様な結果が得られれた。この弱サイズ紙への吸収は、Lucas-Washburnの式[1]に基づいた毛管吸収とは明らかに異なった機構で吸収が起きていると考えられる。その別の機構について過去に論じられた説の代表的なものには膨潤が起こるためであるという説、蒸気の吸着による接触角の変化が律速段階になっているという説などがある。
Van Den Akker と
Wink14)は紙への液体浸透を表すには、Lucas-Washburn理論だけでは正確でないとし、液体の前進接触角は時間により変化し、浸透速度は蒸気層からの吸着に支配される部分もあるという仮説をたてた。水の吸収が紙の裏面に達したことを裏面に塗られた蛍光染料によって判断する蛍光サイズ試験、また、浸透液をガラスのロールで展べて広がった長さを測定するというブリストー試験の原型とも言える表面受理性試験をサイズ紙について行った。水とCMC水溶液の透過時間がほぼ同じであることから、接触角の減少とも関連する液体の浸透速度は繊維とその表面状態の変化(膨潤)に関係するとした。
Bristow4)は液体の収着過程をやはり
capillary flow による pore sorption と繊維壁への収着及びセルロース物質中の拡散による fibre sorption に分けて考えた。fibre
sorptionだけが繊維の膨潤を引き起こすことに目をつけ液体の吸収による紙の厚さの変化を膨潤量とし、膨潤量と液体の吸収量のグラフから平行四辺形の模式図を作り、pore
sorptionと fibre sorption の比率を考察した。これによると未サイズ紙では両方の収着が同時に起こり、サイズ紙の場合、収着初期には拡散が主に起こるとしている。しかしコブサイズ試験器を使って膨潤量を測定しているため接触時間は数十秒となりブリストー試験のような1秒以内の浸透で起こる膨潤量の測定には適用できない。
Ekulund5)らはやはり、毛細管力と液体の
flow loss との平衡とで決まる吸収機構に、空気の抵抗力、水の前面にある蒸気層のプロセス、膨潤、繊維内の水輸送が複雑に関係していると仮定した。そして、水の収着量は、吸収の初期、低加圧条件下、及び未サイズ紙では接触時間に、加圧条件下では、接触時間の平方根に比例することを示した。
これらの文献に見られるように、液体の収着速度が Lucas-Washburn式だけでは表現できないことはすでに認識されている。従って Bristow の示した[2]、[3]式をどのような場合でも適用できるとは限らない。特にエタノール20、30%水溶液での吸収曲線は、水や他の有機液体では見られない特徴があり、これを解釈するには、膨潤量や水蒸気層からの吸着の効果を分けて測定しなければ不可能であると考えられる。
3−3 表面粗さ
液体吸収直線を接触時間0sec.に外挿した時の液体転移量から紙の表面粗さ指数が求められる。算出の方法は、水の場合では式[2]、[3]におけるKr
を求めればよいが、弱サイズ紙に対する水の吸収、エタノール水溶液の吸収では必ずしも式[2]、[3]を適用できないため求めることができない。オイルの場合は濡れ時間、膨潤量がごくわずかと考えられるのでtw=0
とおいてやはりKr を算出した。ここではオイルの吸収から求めた表面粗さ指数だけを表4に示す。Kr 値にかなりばらつきはあるものの、PPC用紙に関しては、フェルト面、ワイヤー面で有意な差が存在する。ただし、コート紙の粗さ指数はPPC用紙のフェルト面とほぼ同じ値になったが、表3のベック平滑度では両面コート紙の方が、はるかに平滑性が高い。Daub15)らはベック平滑度と粗さ指数の間に高い相関関係(相関係数r=0.80)を認めているが、本実験でのオイルの吸収によって算出された粗さ指数では塗工紙、未塗工紙を比較することには無理がある。塗工紙表面と未塗工紙表面では化学的性質あるいは圧縮性に大きな違いがある。このためブリストー装置のヘッド部分が紙の上を通過する際、紙、液体に加圧されるわけであるが、圧力分布に違いが生じるのが原因ではないかと考えられる。
4.結論
アニリン、n-ドデカンなどの有機液体及び油、水、エタノール水溶液が上質紙、塗工紙に吸収される速度をブリストー法によって測定したところ、次の結論が得られた。
1.有機液体ではLucas-Washuburnの式に従い、V-√γt/η図では、どの液体もほぼ同一直線上にプロットされることが分かった。しかし、各有機液体の持つ官能基の違いによってセルロースを膨潤させる程度が異なり、微妙な変化が生じると考えられる。
2.エタノール水溶液を吸収させると、初期の濡れ時間と考えられている液体転移の起こらないはずの時間でも液体転移量が漸増することが観察され、その増加の割合はエタノール濃度の増加にしたがって大きくなっている。弱サイズ上質紙に対する水、エタノール水溶液の吸収でも接触時間に比例した液体の吸収が観察され、Bristow の提唱した式は適用できない。この原因として膨潤や蒸気層からの水の吸着の影響が考えられる。
3.ブリストー法から求められる表面粗さ指数を有機液体の吸収直線から算出した結果、未塗工紙のワイヤー面、フェルト面の平滑性の差はベック平滑度に対応するが、塗工紙との比較は、表面の化学的性質、圧縮性の相違により不可能であると考えられる。
引用文献
1) Tollenaar,
D., Surface and Coatings related to Paper and Wood. Ed. Marchessault, R.H. and
Skaar, C., Syracuse University Press, 195(1967)
2) J.TAPPI 紙パルプ試験法
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3) Bristow,
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4) Bristow, J.
A., Svensk Papperstidn., 74: 645 (1971)
5) Eklund, D.
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6) Salminen,
P., J., Tappi 71(9): 195(1988)
7) Pan, Y-L.,
Kuga, S., Usuda, M. and Kadoya T., Tappi 68(9): 98(1985)
8) 江前,尾鍋,臼田, 紙パ技協誌投稿中
9) Lucas, R.,
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10) Washburn,
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11) Minhas, P.
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12) Colombo,
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13) Robertson,
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14) Van Den
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15) Daub, E.,
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